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淳昌の寺


淳昌郡淳昌邑白山里263番地(淳昌伝統コチュジャン民族村の向え側)にあり、ジャン類に関する情報と資料などが展示してある

  • 位  置 : 全羅北道 淳昌郡 淳昌邑 白山里
  • 距  離 : 淳昌バスターミナルから 3 km
  • 所要時間: 5分以內 (車で)
  • 面  積 : 敷地 8,439 ㎡, 建築物 1棟 2階建て 1,513 ㎡
  • 観覧料金 : 無料
  • 観覧及び入場時間: 夏期 (3月~10月) => 09:00~18:00
    冬期 (11月~ 2月) => 09:00~17:00

道立山林博物館は、自然と山林に対する歷史保存および学習を通じた山林文化の創出を目的にたてられた。

  • 位  置 : 全羅北道淳昌郡福興面瑞馬里山 252
  • 面  積 : 5,358 ㎡
  • 規  模 : 地上 2階, 地下 1階 (常設展示場, ロビー, 企画展示室, 標本室,
    講堂, 收藏庫など)
  • 開館時間 : 夏期 (3.1~10.31) => 09:00~18:00 /冬期 (11.1~ 2.28) => 09:00~17:00
  • 距  離 : 淳昌バスターミナルから 約 45 km
  • 所要時間: 50分 (車で)
  • お問い合わせ : 道立山林博物館 (☎ 063-652-6792~3)

小說 “南部軍”の舞台として有名な場所で、朝鮮末期には義兵たちが、 6.25の韓国戦争爭直後にはパルチザンが根據地とした場所で、歴史の痛みと傷を負ったパルチザン記念館と自然休養林の宿泊施設,
50mのつり橋などがある

  • 位  置 : 全羅北道 淳昌郡 亀林面 安亭里
  • 距  離 : 淳昌バスターミナルから 約 16 km
  • 所要時間: 20分 (車で)
  • お問い合わせ : 休養林管理所 (☎ 063- 653 - 4779 )

19世紀末、朝鮮の社会的な矛盾と外勢の侵奪による被害を克服するために“東學農民革命”がおこり、その最後の場所という象徴的な意味をもつ歴史的な現場で “東學農民革命”の精神である改革精神と民族自主精神を継承し、発展させようという意味で建立された

  • 位  置 : 全羅北道淳昌郡雙置面金城里
  • 距  離 : 淳昌バスターミナルから 29.5 km
  • 所要時間: 40分 (車で)

明宗15年(1560年)に重修し、孔子を中心に中国の4聖と宋代2賢、そしてわが国の18賢を配享しており、明倫堂は 淳昌を始めとした7つの地域の初試の場所であった。

  • 位  置 : 全羅北道淳昌郡淳昌邑校星里
  • 距  離 : 淳昌バスターミナルから 900 m

淳昌郡庁の隣の淳昌初等学校内に位置していて 6.25韓国戦争の時にも焼けず、よく保存された遺跡である。
現在正堂と東齋だけが残っており、精巧な建築技術で作られた客舍は韓末武城書院で義兵を率いた崔益鉉、林炳瓚 義兵將が陣をはり、倭軍と激戰したところである。

  • 位  置 : 淳昌郡 淳昌邑淳化里淳昌小学校內
  • 距  離 : 淳昌バスターミナルから 500 m


  • 直提學提學楊首生妻 
    烈婦李氏閭 (文化財資料 172号)

    高麗直提學を保持した楊首生の妻 李氏の志操を称えるために1467年に立てた旌閭閣

  • 薛鎭永書室 (記念物 96号)
    義兵將の奇宇萬と共に義兵活動と人材養成で獨立運動を先導し、日帝の創氏改名に反対し、投身殉節した南派薛鎭永先生の抗日運動書室

  • 合米山城 (文化財資料 71号)
    百濟時代に築城されたもので、朝鮮時代壬辰倭亂の時に城を補修し、軍糧米を備蓄したところ。
    南側の城壁は昔の姿のまま保存されている

  • 薛氏 婦人, 申景濬 先生 遺址 (記念物 86号)
    朝鮮朝の文臣である帰来亭申末舟先生と、その婦人である薛氏、英祖と正祖の時の実学者の旅庵申景濬先生などの後孫たちが生活した世居地

  • 玄圃洑水路 (記念物 82호)
    凶作で苦しんでいた農民たちのためにたてられたもので、農耕社会の一面をみることができる記念物である

  • 城隍大臣事跡懸板
    (重要民俗資料 238号)

    高麗忠烈王7年(1281年)から1940年代まで挙行された淳昌城隍祭を漢文と吏讀文で記録した横180cm, 縦 54cmの松の板に71行の字が刻まれている懸板